財務だけでは見えないもの−サステナビリティ開示が可視化する貴重価値
2026年1月21日(水)
(株)大和証券グループ本社
取締役兼執行役副社長 田代桂子君
私は日頃、証券会社で金融経済教育やアセットマネジメント、サステナビリティ推進を担当しています。本日は、もう一つの「夜の仕事」と呼んでいる社外での活動についてお話しします。
私は、IFRS 財団の評議員として、戦略立案や監督に携わっています。年に 3 回、世界中から集まった評議員との対面会議のほか、週 1〜2 回オンラインで会議を行っています。通常はアジア時間の 22〜24 時に会議が開催されることから、この活動を私は「夜の仕事」と呼んでいます。
IFRS 財団は 2001 年に設立され、その国際会計基準は日本を含む約 150 か国で利用されています。その後、環境や人的資本などの非財務情報がクローズアップされ、重要性が高まる中、2021 年にはサステナビリティ分野でも国際基準の策定を担うことになりました。
IFRS財団が目指すのは「投資家が企業価値を判断するために必要な、国際比較に役立つ情報開示基準」を整備することです。投資家というと、自分には縁がないと感じるかもしれません。しかし、年金や保険、銀行などに預けているお金があれば、皆様もその資産の最終的な持ち主である“アセットオーナー”として、広い意味での投資家です。本日は、サステナビリティ情報がなぜ投資家の企業価値判断に必要なのか、お話しできればと思います。
まず、サステナビリティ情報とは「現時点では財務数値として表れていないが、将来の企業価値に影響を与える可能性のある情報」のことです。レストランを例にすれば、料理人の技術研修や働きやすい労働環境の整備などが挙げられます。
短期的には、こうした取組みへの投資はコスト増となり、足元の利益を圧迫するかもしれません。しかし、長期的には人材の定着や技術革新につながり、売上や利益率の向上をもたらす可能性もあります。財務情報だけでは、レストランへの投資が企業価値向上につながるのか判断できません。そのため、投資家は上場企業の将来価値を見極める際に、財務情報に加えてサステナビリティ情報も活用しています。
そして、各国企業を公平に比較するには、この分野においてもIFRS会計基準のような“共通のモノサシ”が必要だという認識が広がりました。こうした背景を受け、IFRS財団は2021年に基準策定を決定し、2023年には初の国際サステナビリティ基準を公表しています。現在では、世界GDPの約6割を占める国々で導入に向けた準備が進んでいます。
日本では、2025 年 3 月にサステナビリティ基準(SSBJ 基準)が公表されました。SSBJ 基準は IFRS 財団の国際基準との整合を前提に設計されており、この基準に沿って開示することで、国際基準への準拠が実務的に担保されるよう配慮されています。
2027 年 3 月期からはSSBJ 基準に基づく開示の義務化も始まります。時価総額 3 兆円以上のプライム上場企業から始まり、段階的に対象企業が拡大される予定です。義務化の検討で特に配慮が必要だったのは、企業が安心して開示できる環境づくりです。「セーフハーバー」の導入や、会計士に限らず専門性を有する有識者による「第三者保証」の枠組み整備も進められました。こうして、サステナビリティ情報の開示を支える基盤が着実に整いつつあります。
ただし、情報を活用し、その価値を引き出すのは投資家です。欧米ではアセットオーナーが「環境負荷の大きい企業には投資しない」など明確な意思を示し、年金基金や保険会社を動かしてきました。一方、日本では、個人のアセットオーナーが十分に声を上げずに、運用を委ねてしまう場面が少なくありません。
皆様には、企業の財務情報とサステナビリティ情報をあわせてご覧いただき、「将来的に企業価値が上がりそうだ」と感じる企業に投資していたければと思います。20年後、50年後の世界を考える持続可能な企業に資金が流れる―そのような資本市場になればと願っています。