卓話


SAKEから観光立国

2023年7月19日(水)

(株)コーポ幸
代表取締役 平出 淑恵氏


 「SAKE」は海外では日本酒のことを指します。全都道府県に酒蔵があるため、SAKEが世界にワインのように広まることによって、インバウンドの地方誘客になること、そして、酒どころがワインの銘醸地がそうなっているように、地方のブランド化に貢献することを思い描いて活動をしています。

 私は民営化前のJALに入社し、先輩や上司からJALの鶴丸マークを指して「日の丸を背負っているという気概で乗務せよ」と教育を受けました。日本酒を世界に紹介する時、「日本酒は日の丸を背負っている國酒だ」と思っています。

 ソムリエに始まり、シニアソムリエ、利き酒師やビアジャッジなどの資格を楽しみとして取り、「空飛ぶソムリエ」という名称で顧客サービスにも当たりました。そうした中で、海外の超の付くようなワインの専門家の方々とも交流を持つことができ、ワイン産業全体の視点や、その産業が社会貢献できなければ持続可能ではないといった考え方も学ぶことができました。

 そんなときに1人娘の運動会に行き、私達の頃とは様変わりした小学生の数の少なさ、それを取り巻く父兄の多さという少子高齢化を目の当たりにしました。またJASとの統合によって私はJASの地方路線を飛ぶようになり、首都圏と地方のまざまざとした違いを見て、日本にはニコニコしながらやってきて地方でお金を使ってくれる人が必要だと思いました。それまでずっとワインを学んできたため、日本酒をワインのような世界のお酒にして世界に日本酒の愛好家を増やしていけば、インバウンドの地方誘客になると思いつきました。

 海外からの視点とワインを学んできた視点で見てみると、日本酒には歴史、優れた醸造技術、伝統と習慣、何代にもわたって酒造りを継承してきた蔵元など、世界に通用するブランドとなる要素が満載していました。

 しかし、1970年をピークに日本酒の消費が減り、蔵元の数が3分の1から4分の1に減ってしまっている現状がありました。

 日本でもフランスワインが人気ですが、日本のソムリエや酒販店がフランス人醸造家に代わってフランスワインを売っています。日本酒を海外で広めていくためには、世界に広がるワインビジネスのインフラに日本酒を乗せ、ワインを売っている人たちに日本酒を売ってもらえればいいのではないかと考えました。

 また、ワインは産地を学ぶため、ワインを学んだ人が日本酒を学ぶと彼らの頭の中に日本地図が入っていくことになります。減ってしまっているものの蔵元はまだ1300あります。都道府県別外国人宿泊者数で下位にある県にも素晴らしい蔵元がありますから、海外の方に行っていただきたいと思いました。

 現在、日本酒の輸出は全生産量の約10%、500億円近い日本酒が輸出されています。フランスワインは直近で1兆円超、生産量の40%以上が輸出されており、スコッチウイスキーの輸出も6000億円で、それらに比べ日本酒の世界全体での認知度はまだまだです。 日本人の私達がワインを普通に飲むようになった背景には、ワインの世界的な啓蒙活動がありました。

 ステップ1として教育です。世界に通用する体系的な教育プログラムを作り、ワインの価値を消費者に伝えるプロを育成し、その教育活動を支援する。 ステップ2はコンペティション。信頼できる大会でプロによって品質を評価された銘柄を発信する。

 そしてステップ3は、プロモーションです。業界と消費者向けのプロモーションを絶え間なく続ける。

 私は会社に社外活動を申請し、個人として日本酒の国際化活動に取り組み始めました。ロンドンに本部を置き74カ国19言語に展開する世界最大のワイン教育機関Wine & Spirit Education Trust (WSET)がJALの子会社と組んで2000年に日本でワイン学校をオープンした際には、私はその立ち上げスタッフを務めました。2003年にWSETのロンドンの本校で有志蔵元による日本酒レクチャーを開催した際に知り合ったワインの専門家とのご縁で、2007年に世界最大規模のワインコンペティション「インターナショナル・ワイン・チャレンジ(IWC)」にSAKE部門を作ることができました。

 ステップ2の成功例が、「鹿島酒蔵ツーリズム」です。2011年に佐賀県鹿島市の「鍋島」が世界一になったことをきっかけに、鹿島市内の6蔵が連携して酒造りが落ち着いた3月末の週末の2日間に、お祭りを始めました。コロナ前には来訪者数10万人、経済効果2億円の成果を上げるようになりました。

 2015年のチャンピオンは福島県の「会津ほまれ」で、震災後、最もポジティブな福島の発信になりました。蔵元は授賞式で「本当に心の底から嬉しい。福島の子供たちが福島に生まれたことを誇りに思ってほしい」と涙ながらにコメントされました。その翌年の伊勢・志摩サミットで各国首脳へのお土産にも採用されました。

 また、ステップ3のプロモーションでは、若手の蔵元の方々と一緒に「酒サムライ」という世界に向けたアンバサダーの叙任式を毎年行っています。2022年までに17カ国、97名の酒サムライが誕生しています。

 私がJALを辞めて起業した翌年、まさかと思うようなことが起きました。民主党政権の古川元久国家戦略大臣による「国酒プロジェクト」です。国税庁が日本酒の主管ですが、酒税集めが主な仕事で振興予算を持っていませんでした。そんな中で国酒プロジェクトが開始され、ほとんどの省庁が日本酒振興に取り組むことができるようになりました。

 その後政権交代となり、とても心配しましたが、この取り組みは安倍政権の成長戦略の中で日本産酒類の輸出振興として継続されました。

 外務省は、IWCの受賞酒をリスト化して在外公館に配り、そこから注文を取る仕組みを作ってくれました。東日本大震災の時には、1万7,000本もの東北の蔵のお酒を買い取って在外公館で振舞ったのをはじめ累計15万本以上が在外公館で使われています。

 そして、在外公館長の赴任前研修に日本酒講座が設けられています。座学と利き酒の部があり、利き酒の部には蔵元に交代で来てもらっています。元々は自主講座として始まりましたが、2019年から座学は必修となり、これを当時の在外公館課長から聞いたときは涙が出ました。日の丸を背負って海外に出る人が全員、日本酒を学ぶ。私がずっと目指していたことでした。さらに、在外公館の最重要行事である天皇誕生日のレセプションでは、原則、日本酒で乾杯することになりました。

 観光庁には酒蔵ツーリズム推進協議会が誕生しました。第1回目の時には傍聴希望者が殺到し、酒から観光立国を目指す私には感激の瞬間でした。

 そして、世界最大のワインの教育機関WSETが日本酒のプログラムを作り、SAKEの人材育成の環境が出来上がりました。ロンドンの本校で有志の蔵元による日本酒レクチャーを企画したときから、ちょうど10年、毎年交代で蔵元さん方と渡英しての働きかけが実りました。

 現在、SAKEの講師になる人たちを年に1回日本に招聘して、蔵元巡りや東広島の酒類総合研究所で学んでもらいます。この招聘を農水省が4年、その後国税庁が引き継いで毎年実施してくれ、現在WSETが展開する74カ国中26カ国と3地域で酒の資格講座が行われています。受講者数は直近で1万3000人を超え、世界に広がるワインビジネスのインフラの中にSAKEの専門家が増えてきています。この人たちは間違いなく、海外で日本酒を通じて日本を盛り立ててくれる人たちです。

 ワインの背景を持った人たちとやり取りをする中で、「兵庫県の山田錦を使って東北の蔵元がお酒を作ったりするから、日本酒は同じ醸造酒としてはワインよりも、どこでも原材料さえあればできるビールに近いよね。ワインのような地域性が日本酒にはあるんだろうか」と指摘されました。ワインは、ブドウ畑の格付けもし、その畑で採れたブドウの量しかワインを作れない限定品だというように地域性を付加価値にしています。

 改めて世界に通用する日本酒の地域性について考え、それは水ではないかと思いました。ちょうどその頃知り合った筑波大学の地質学の久田健一郎先生から「日本の地質は世界のどことも違う」と聞き、それだと思いました。日本の地質が世界のどことも違うのであれば、そこを通ってきた水も違うはずです。

 日本酒の9割は水。水質の違いは世界に通用する日本酒の地域性だと思い、令和2年度国税庁の日本産酒類ブランド化事業で「地質からの水質調査」を行いました。日本の地質層を特徴付けている地域を10ヶ所選定し、その地域の酒蔵から仕込み水の提供を受け、酒類総合研究所で同一条件で酒を作ってもらい利き酒も行いました。明らかに味わいが違うという報告書をまとめました。

 日本の酒どころは綺麗な水に恵まれていると改めて感じました。日本酒は出来た量の10倍もの水を使います。そもそも水が豊かでなければ日本酒は生まれなかったのではないか。ご飯茶碗一杯のお米を作るのに、水田に1升瓶250本の水が必要だそうです。そうしたことを考えると、今、地球が干魃化するなかで、日本酒の出自を世界に発信していくことは、日本の国土の価値も上げていけると思いました。

 家業として何世代にもわたって酒造りを継承してきた蔵元は、その地域の生きた歴史であり、蔵元自身が世界に向けての最強のコンテンツであると感じています。

 日本酒の国際化は、地域のブランド化と日本を海外から支えてくれる人たちとのネットワークの構築になり、日本の国土の価値も上げて、それは次の世代へのプレゼントになるのではないか。それは、次の世代のために今の私たちの世代がしてあげられること、そうした思いで活動を続けています。ぜひ日本酒を応援していただけますよう心からお願い申し上げます。


   ※2023年7月19日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。