卓話


千代田6クラブ合同例会
IMFと国際協調

2023年5月24日(水)

元国際通貨基金 副専務理事
(株)三井住友銀行 国際禁輸研究所
理事長 古澤満宏氏


 IMFとの関わりは1980年代半ば、財務省国際局国際機構課の課長補佐の時からです。当時日本は、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスに次ぐ5番目の出資国でした。その後、潤沢な経常黒字の日本が世界経済を牽引すべきという機関車論で日本経済そのものも発展し、国際的地位も向上。90年にはアメリカに次ぐ出資国になり、今日までの30数年、その地位を保っています。因みに1990年代は、10年にわたってODAで日本が世界一の供与国。95年に日本のGDPは世界の18%を占め、今の中国と同じ位の立場でした。

 その後、私は国際機構課長や国際局次長としてIMFと関わりを持ち、2010年から12年まではIMFの日本担当理事を務めました。

 IMFの業務は、24人いる理事会で決めています。理事は190の加盟国による選挙で選ばれ、投票権は出資比率に基づくため、アメリカ、日本、中国、ドイツ、イギリス、フランス、サウジアラビアの7カ国は1か国で1人の理事を出し、残りの理事は複数の国を代表しています。

 私は日本で財務官を務めた後、またIMFに戻り副専務理事を7年弱務めました。IMFのトップは専務理事で、不文律でずっとヨーロッパ人が務めています。

 副専務理事は4人で、アメリカ、日本、中国までがほぼ指定席で、現在の4人目はリベリアの元大蔵大臣です。4人で加盟190カ国を分担し、私は多い時で90数カ国を担当し、局としては増資や出資比率の見直しなどを行う財務局を担当しました。

 最近の国際経済の最も大きな変化は、中国の台頭です。2001年にWTOに加盟した時の中国のGDPは世界の4%、当時の日本の3分の1でした。それが、2010年には日本と逆転し、今や日本の4倍を超えています。今日はこうした中国の存在が、IMFの業務とガバナンスにどう影響を与えているかというお話をさせて頂きます。

 まず、業務への影響。IMFの業務は大きく3つ。一番目は国際収支困難に陥った国に対する融資で、3〜5年の短期融資を行います。2番目の業務はサーベイランスで、経済状況や経済政策を監視します。マルチのサーベイランスは4月と10月に出す世界経済見通しで、バイは国別の審査で、190カ国のIMF加盟国は年に1回、協定上審査を受ける義務があります。3番目は技術協力です。

 3つのうち最も重要な業務は国際収支困難に陥った国に融資し、その国を立て直すことで、私の担当約90カ国のうち30カ国位がIMFのお客様でした。

 IMFが融資する場合、返済を担保するために政策変更をお願いします。典型的なのは増税や公共料金の引き上げで、IMFの支援を受ける国の国民からすればやさしいものではありません。IMFは四半期あるいは半年ごとに状況をレビューし、きちんと政策変更を行っているかを見て融資します。

 世界金融危機以降の世界的な金融緩和の中で、マーケットや他国からお金を借りられるため、困った国は、最初にIMFに助けを求めません。融資の条件はIMFの方がいいのですが、うるさいことを言われたくないし、下手をすると増税や公共料金引き上げによって政権を失う惧れもあるからです。勢いIMFに駆け込んでくる時は既にいろいろなところからお金を借りてどうすることもできなくなっている場合もままあります。しかし、IMFが融資したお金が他国への返済に回ってしまってはIMFの出資国も納得しないし、その国のためにもならないため、融資を行う前に、当該国の債権国に債務の再編をお願いします。借金の棒引き、あるいは返済期間を延ばす、金利を下げてもらう、あるいは新規融資などです。債務の持続可能性が確保できないと融資できないというのがIMFのルールです。私が担当したチャドとスリランカを例に申し上げましょう。

 チャドはアフリカの内陸国で、国土面積は日本の約3倍ですが、3分の2が砂漠です。人口は約1700万人で、1人当たりのGNIは640ドルの最貧国です。1960年にフランスから独立して以降、内戦が続いています。砂漠で石油が採れ、財政の6割は石油収入で賄っています。石油の状況が良ければいいのですが、悪くなると途端にIMFの支援が必要になります。2015年、副専務理事としての最初の出張先でした。

 通常、出張では空港から街中までパトカーに先導してもらうのですが、そのときは、軍用トラックに機関銃を持った兵士が20人ぐらい乗って先導してくれ、首都ンジャメナでデビ大統領と話をしました。クーデターによって政権を取ってから30年にわたり政権を維持した大統領で、2021年、反政府勢力との戦闘に巻き込まれて亡くなりました。

 このチャドでもIMFが支援するため債務再編が必要でした。そもそも公的債務の再編は1956年から、主要な債権国で構成される「パリクラブ」において債務国との協議によりなされ、それを受けてIMFや世銀が融資するというスキームが出来上がっていました。ところが、中国を筆頭にパリクラブの非メンバー国による融資が増え、パリクラブ加盟国だけの再編では限界がある状況になってきています。中国はパリクラブへの参加要請をされているものの、拘束を避けたいようで20年以上オブザーバーとしてしか参加していません。そこで2020年11月、G20で、低所得国の債務再編についてコモンフレームワークという共通枠組み、要するにパリクラブと同様のことを中国等の新たな債権国も含めて行うことに合意しました。チャドは、その翌月、IMFに支援申請をしましたが、なかなか最大の債権国である中国の協力を得られず債務の再編は進みませんでした。一帯一路政策で多くの国に通常の市場金利で多額の融資をしており、波及が大きいというのが本音だと思いますが、中国の融資は中国開発銀行や中国輸銀など様々な機関が行っており、融資条件が不透明で、IMFで中国を代表している人民銀行もグリップが効かないという事情もあり、私の在任中の1年間ではIMFの支援を行うことはできませんでした。後任に引き継ぎ、2年かけてようやくIMFが融資できることとなったのですが、それは債務再編ができたからではなく、ウクライナ戦争による石油価格の上昇で、債務再編をしなくとも資金ギャップが埋まって融資可能になったためです。中国のスタンスによりIMFの支援が遅れているという 問題は、ザンビア、エチオピア、ガーナでもあります。

 コモンフレームワークのような枠組みのないスリランカのような中所得国でも、中国への債務が大きい国では同様の問題があります。スリランカのメイン産業である観光業は、2019年の爆弾テロとコロナで失速し、ウクライナ戦争の影響で食料やエネルギーが高騰してインフレ率が70%を超えました。外貨準備高が減って、ついに中国寄りのラジャパクサ政権は崩壊し、2022年4月、IMFの支援がなされるまで対外債務の支払いはしないと宣言しデフォルトに陥りました。しかし最大の債権国である中国から、債務再編の協力はなかなか得られませんでした。漸く去る5月9日、第2の債権国である日本、第3の債権国のインド、そしてパリクラブ議長国フランスが共同議長になり債権国会合が開かれ、これから債務再編に向けての議論が開始する状況になっています。この会議でも中国はオブザーバー参加でした。

 次にIMFのガバナンスについてお話しします。IMFはQuota Based Institutionといって、出資比率により発言権、投票権が付与されます。理事会における発言も出資比率に応じており、アメリカの理事が発言をすると17%、日本の理事が発言すると6%のウエートがあります。そのため、理事会で各理事の主張を聞いていれば、可決か否かが分かり投票はほとんど行われずコンセンサスで決まります。ただ、増資や協定改正等の重要事項を決定するには85%以上の賛成が必要で、アメリカ1カ国だけが拒否権を持っています。

 今の出資比率は2010年に決まったものです。2010年、私が日本代表理事として赴任する時、某新聞の社説に、「日本の第2位の地位を死守するのが日本代表理事と財務省の使命だ」と書かれ、結果は、首の皮1枚、中国に抜かれずに済んだのですが、IMFの協定上、5年に一度、出資比率を世界経済の状況に合わせて見直すことになっています。次の期限が今年の12月15日です。

 出資比率は通常クォーターフォーミュラという計算式に従って見直されますが、その構成要素の約半分はGDPです。中国のGDPが日本の4倍以上である今日、仮に見直しすれば、日本の2番目という地位を守れるかは微妙な状況です。

 ただ、そもそも増資をする必要があるのか。IMF は出資で賄えない場合、各国から借入をすることも可能で、日本が最大の貸し出し国です。現在、出資とほぼ同額の借入ができ、IMF の資金がすぐ枯渇する状況にはないため、増資や出資比率の見直しは不要という議論もあります。増資は極めて重要な事項なので85%の賛成が必要で、カギを握るのはアメリカです。投票権で 15%の拒否権を維持すれば良しとするのか。現在の米中対立の中で、中国の出資シェア・発言権の拡大は容認できないとするのか。今年のIMF・世銀総会は10月にモロッコのマラケシュで開かれる予定ですが、その頃までの決着を目指し、今、水面下で議論が続いています。

 以上、中国の存在が増大したことによるIMFへの影響について業務とガバナンスを例に申し上げましたが、最後に、国際協調について私見を述べます。先週G7が開かれ、大成功だったと思います。ウクライナ戦争や米中対立の中で国連やG20が機能していないと言われていますが、G7やIMFは、きちんと機能しています。日本は、皆さんが思っておられる以上に、G7とIMFの中では有力なプレーヤーであり、期待もされ、またプレゼンスも大きいものがあります。中国とどのように向き合うかは非常に難しい問題です。IMF での同僚や、財務官時代のカウンターパートは皆実にいい人間で、全く違和感なく議論できます。ただ、国としての方針となると彼らの考え方がきちんと反映されているのか疑問が残ります。おそらく中国も模索を続けているのでしょう。大変不確実な時代ではありますが、日本としては価値を共有するG7とグローバルな機関であるIMFを軸足に、かつ中国の自らの変化を待ちつつ国際協調を進めていくということではないでしょうか。

   ※2023年5月24日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです