卓話


オリンピックの魅力・金メダルの取り方、取らせ方

2024年5月15日(水)

(学)医療創生大学
常務理事 田口信教氏


 金メダリストになりますと、様々な人から色々な質問を受けます。聞かれたことで初めて気づく事が沢山ありました。「なぜ、世界新記録が出せたのか」と聞かれ、「人より少し手を速く動かしただけです」と答えると、「なぜ、手を速く動かせたのか」と聞かれます。「運が良かったからです」と答えると、「なぜ、運が味方したと思うのか」と聞かれます。そうした連続です。

 スポーツ界は小さな世界で、いろいろな人に支えて頂いて今日があり、そうした人たちの支えなくして記録の更新はありません。私も山の頂上に上がってみて山の反対側の景色も見せてもらえるようになり、お陰でいろんなことを学ばせていただきました。今日はどうしたらスポーツマンとして成功するのか、どうしたら若返るのかを話す目的で来ました。

 オリンピックに出て金メダルを獲ろうという選手を育てるには、本人が獲れると思わなくては駄目です。それは頭に入れる情報で大きく変わってきます。

 私の監督は面白く説得力のある人でした。まず、「水泳の泳ぎ方は字の練習と同じだ。下手な字を書いていると下手な字が確立するように、泳ぎも確立する」と言いました。そして、「世界一の泳ぎをカンニングしてもいい」と耳元で囁くのです。言われて初めて、「世界一はどこの誰だ」と興味を持ちました。

 東京オリンピックがテレビで放映された時期でした。市川崑さんの『東京オリンピック』という映画を何度も見に行くと、平泳ぎのイメージが全く違いました。水の抵抗が少なく、腕の動作、手首の使い方、顔の向き、頭の動きに合わせた呼吸のタイミングも全て真似をしないと損だと思いました。泳ぎの仕組みが分かると、プールの中に鏡を入れて習得しました。すると、中学生で高校生の新記録を上回ったのです。

 世界一、しかも、今の世界一を見なくてはなりません。昔の世界一はそんなに早くないからです。第1回のギリシャ大会の時の200m自由形は1分22秒2で、今は46秒と半分です。古橋広之進さんが「フジヤマのトビウオ」とすごいと言われましたが、1500m自由形で 18分10秒です。私の下でアテネオリンピック800m女子自由形金メダルを獲った柴田亜衣さんは15分で泳ぎます。それほど記録は凄まじい勢いで進化しています。ですから、最先端を手に入れないと損なのです。

 監督は、広島大学の医学部卒で経営学修士まで持つ人で、「人間には世界一と一般人との差が10倍以上もあるが、動物にはその差がない」と言い、「我慢すると人間はいくらでも成長する。それが動物と人間の違いだ」と言いました。

 そして、マラソンのアベベ選手が強いのは空気の希薄な高所環境に住んでいたからと話されました。息を止めて海に潜る海女さんの潜水能力はなぜ凄いのか。私は4分半程息を止めることができましたが、現在、世界一の人は24分間です。シンクロナイズドスイミングの選手で研究した研究者によると、長く息を止めていられるのは脾臓の中に蓄えられている酸素を使っているからだそうです。選手にどのようにしてそんな能力を身につけられたのかを聞くと、やはり「我慢したからです」と言いました。

 私は懸垂を70回、腕立て300回できましたが、監督に言わせると鍛え方が足りない。ギネスブックを見ると桁違いな人がいたため、私は血尿が出るまでやりました。

 当時はわかっていませんでしたが、監督は「人間は必ず生命が危機的状態になるとその環境に順応する」と言っていました。だから低酸素環境で高所トレーニングをするとあっという間に順応します。そして平地に戻ると酸素が入るため、選手はマスクをして試合に出てきて、パッと外して酸素をたくさん採り入れるのです。

 監督に、「危機的状態を脳が感じる状態まで追い込まないと人間のパワーアップはない。だから限界に挑戦するのだ。お前ならできる。人間はいくらでも強くなるんだ」と洗脳されたお陰で、17歳でメキシコオリンピックに行けたのです。オリンピック選手になれば、宝くじに当ったくらいお金が手に入り、女の子にモテルと言う話は本当でした。

 限界に挑戦し続けるのは大変なことです。血尿が出るぐらい過激に行って完全回復をすると、また挑戦して血尿が出るまでやる。それの繰り返しです。

 細胞が新しい細胞を作るわけで、これはアンチエイジングでもあります。「老後は無理しないように、ほどほどに」とやっていると、そのうちベッドで天井を見るだけの生活になります。やはり過激にやった方がいいのです。

 監督は限界への挑戦を継続するための心得として、「流れる川を昇っていく魚のようなものだ。泳ぐことを止めると、川下に押し戻される。上流に登れば登るほど、その流れは滝のように速くなる。一挙に頂上まで登りきることがコツだ」と言いました。大変で嫌でした。その時、いつまでやるのかを決めてからやれと、監督から大きな一枚の25年間使用できる人生カレンダーを渡されました。「もし余命半年と言われたら、残りの人生で何をしたいのか考えろ。物事の価値や優先順位が見える」と言われ、引退の予定を書き入れました。

 また、大きな日の丸の旗を渡され、目標を書くように言われて、「世界一」と書き、机の正面に貼りました。目標が鮮明にイメージできる写真なども貼るように言われ、朝、目が覚めた時、ベッドに寝た状態で目に入る天井にオリンピックの表彰台の写真を貼り、その一番の台に笑った自分の写真と好きな女優の写真を貼りました。

 そして、五感を刺激する仕掛けをしろと言われました。朝の目覚ましは、やる気が出る音楽を流しました。勇ましい曲は思考が前向きになり、やる気を起こします。

 そして、やはり苦しいのです。朝練が始まると思ったときに嫌なことも頭に浮かぶので、「頭は一つのことしか考えられない。嫌なことが増幅されるから、ネガティブなことは考えない。切り替えれば済む」と簡単に言いました。「女優が演技で涙を流す時、悲しいことを頭で考えているから涙を流せる。女優に出来て、お前に出来ないわけはない。楽しくてワクワクする、やる気が出ることを考えろ」。

 それから、泳いだ距離が一眼で分かるように日々、ベッドの横の壁に貼った紙に記録し続けました。地球一周の距離を泳ぐことになりました。その棒グラフを見ていると、途中で止めると損だと思いました。泳いだ距離、苦痛の痕跡を目に見えるように残すことは継続のために重要な要素だと思います。

   私は、監督に言われるまま、目が覚めたら全力で限界まで泳ぎ、出される食事を腹いっぱい食べ、完全休息が必須と言われ、授業中もお構いなく12時間は寝ました。寝て、食って、泳ぐ、苦痛と回復、そんな日々を継続すると、水泳は強くなりますが、完全にバランスを欠いたアホができ上がります。監督から、「有名になればなるほど、アホも有名になるよ」と言われました。これは大変なことになると思い、対策を校長先生にお願いすると、私の座る席が一番前の真ん中の席になり、私が眠そうな顔になると、先生が頭を叩いて起こしてくれ、お陰で落ちこぼれることもなく卒業できました。

 また、「木に巻きつき、成長を妨げる雑草を摘み取るのが監督の仕事だ」と言って、日本一になった頃から私に届いた花柄のファンレターを回収していきました。さらに、持ち慣れないお金を持つと色々と問題が発生します。山の頂上までたどり着くまでに様々な誘惑が待っていましたが、監督の対策のお陰で無事に登ることができました。

 限界への挑戦で一番難しいところは一つ間違えると故障することです。選手生命が終わることもあります。私も指導者の立場に立ってみて、安全に限界に挑戦する方法は無いのかと悩みました。

 今から、43年前に国立で唯一の体育大学が鹿児島の鹿屋に開学し、水泳の指導教官として招聘されました。そのとき、スイッチ1つで安全に低酸素環境が作れ、その中で泳げる流水プールを備えた室内実験プールを国に作って頂きました。定年退職までの35年間、極限環境が人に与える影響について、鹿児島大学の医学部の協力を得て研究し、今日、アスリートの多くが低酸素室でトレーニングを行い必要以上に酸素摂取能力を向上させることに成功しています。

 安全に酸素摂取能力は手に入りますが、心臓の収縮には生理的に限界があり、手に入れた酸素と取り込んだエネルギーを筋肉や臓器に運ぶための循環機能、心臓の能力アップに皆さん苦しんでいます。

 スピードとスタミナは、循環機能によって制限されます。心筋が収縮する速度と力には限界があり、最大心拍数は毎分約200回が限界とも言われています。それをどうやったら安全に向上できるのか模索している時に、宇宙の無重力環境下では骨密度の低下や筋肉が32%も萎縮し、遺伝子、DNAスイッチが、6,000個以上も変化したと報告されました。無重力環境下に滞在するだけで、DNAスイッチが入り、骨密度や筋肉が驚くほど素早く変化するのであれば、逆の過重力環境下でも同じ現象が起きるはずです。人類だけが唯一持つ、環境に素早く適応する能力の活用です。

 過重力環境は、遠心分離機のような回転装置で簡単に作り出せます。過重力環境はDNAスイッチをオンして、低酸素室と同じように心臓のポンピング能力を上げ、新しい細胞に作り変えるはずです。これは、加齢による老化した細胞の若返りにも活用できるはずです。医療創成大学では過重力環境のトレーニング施設の特許を取っています。皆さん、一緒にこうした装置を作りませんか。実現のためのお知恵を授けて頂けると助かります。


     ※2024年5月15日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。