卓話


ホモサピエンスと人間

2024年3月6日(水)

現代美術作家 杉本博司氏


「小田原文化財団 江之浦測候所」は開館して今年、7年目になります。
 昭和が終わって平成になった頃、財団を作りたいという構想を抱きました。最初は財団ではなく、自分の別荘になるような海岸に建つ小さな家を探していたのです。子供の時に初めて見た海が記憶に残っており、それが自分の記憶の最初の場所で、10年ほど探している間に、偶然、その土地を買えることになりました。

 土地は耕作放棄されたミカン畑でした。ミカンは紀州のほうに席巻され、小田原は東京まで1時間で行けるような都市圏に近い場所のため、若者は1人もいなくなってしまったのです。10年かけて、江之浦測候所という不思議な名前の計画を作りました。

 10年、建設してやっと開館し、自分が生きている限りはずっと作り続けようと思っており、約1万2000坪で始まったのが今1万5000坪になっています。自分のアートが売れ続ける限りは、その収入を全てここにつぎ込み、死ぬときにキャッシュバランス・ゼロを目指しています。

 得られたお金は綺麗さっぱりここでアートにして使ってしまうのがアーティストの一生としては理想形なんじゃないか。ただ、キャッシュフローが少ないと危ないですから、そこを考えながら、今は敷地内に美術館を設計中で2年後に開館する予定です。

 ゲストハウスも作っています。私の尊敬する建築家・白井晟一氏が最後に設計した桂花の舎(けいかのいえ)という素晴らしい建築があります。その個人住宅の寄贈を受けて、解体移築中です。ゲストハウスは2組のファミリーが一晩過ごし、朝、日が上がると、誰もいない測候所の中を散策し、1万5000坪の海の景色を堪能できるというもので、1年半後ぐらいにできます。

 私は1970年、学生運動が起き東大が閉鎖されている年に大学を卒業し、アメリカに行きました。あの頃の日本は若者が非常に意欲的で、1日5ドルで世界を巡ろうというバックパッカーもいましたし、私も「海外を見てみたい」という強い気持ちがあり、カリフォルニアのアートの大学に入りました。まさか、一生を海外で過ごすとは思ってもいませんでした。1ドル360円で、外貨持ち出しは700ドルという時代でした。

 日本というのは1、2年離れてしまうと帰ってくる場所がなくなってしまいます。気がついたら50年以上も経っていました。

 写真を使って現代美術の世界に入っていこうとした頃は、写真は芸術界の中で“二流市民”という位置づけだったため、それを一流にしてみたいという野心を持ち、写真家ではなく、写真を使った現代美術という目標を定めて、『シロクマ』を最初に撮りました。アメリカ自然史博物館に展示されている古代風景のジオラマを撮影し、「死んだものが生きて見えるというのは、あなたの目、あなたの頭の中はどうなっていますか」ということを考えさせる作品でした。

 次の『劇場』というシリーズは、映画館で上映されている映画をまるまる一本、2時間なら2時間ずっとカメラを開けっ放しにしておくと、物語を楽しんでいた映画の映像そのものが全部白光に戻ってしまい、そして、上映中は見えていなかった劇場の周りの装飾が現れてくるという作品で、前衛的なコンセプトと言われました。

 それがニューヨークの近代美術館に買い上げられてキャリアがスタートしましたが、ようやくお金が入るようになったのは50歳に近くなってからです。最初にメトロポリタン美術館で個展があり、持ち慣れない金が入ってくるようになりまして、そのお金を使ってどうしようかと文化財団を作った訳です。

 ずっと長い間、海外で「日本人とは何か」を考え、それとともに「人間はどうやって動物から人間になったのか」を大きなテーマとしてきました。今日は、「動物から人間へ」を解説しようと思います。

 350万年前にエチオピアの火山が爆発し、その石灰が積もった所を、後にルーシーという名前がつけられた類人猿がペアで歩いている足跡が発見されました。

 この近くから類人猿の骨格の完全標本が発掘され、人類の祖先はこういう形だったのではないかということがわかるようになってきました。直立2足歩行をすることで脳が発達していきます。こうした形で昔から男と女が、雄と雌がつがいになって歩いていたということを『愛の起源』というタイトルで文章を書きました。

 そして、200万年前から160万年前にホモエルガスタスという種に発展していきます。その次がネアンデルタールです。40万年から4万年ぐらい前まで生息しており、この頃に、人間は意識を持ち始めます。

 動物から人間になるときに何が一番違うのか。それは意識を持ったことです。「私がいる」という感覚、心を持ったと言ってもいいでしょう。そして時間意識を持ちました。文明が始まる前には、春に種をまけば秋には収穫できるといった因果の関連、時間意識が大きな転換点になります。おそらくこの頃に人間は人間らしくなっていきます。

 その次が、クロマニヨンです。16万年前頃、毛皮の衣服というファッションに身を包んでいます。そして、建築です。マンモスの骨で家を作っているのは、今、戦争が行われているウクライナの16万年前です。

 この頃から、石器時代に入ります。森を切って耕地を作る、動物を騙して連れてきて労働力に使うという文明時代に入っていきます。石器を作り、それから青銅器、鉄器時代を経て、文明化が進んでいきます。

 現代人はこの一直線上にあります。道具は機械へと進化し、19世紀の産業革命を経て、アインシュタインの相対性理論に至って、それから今のコンピューターによる電脳世界時代になり、AIの時代に入りつつあります。

 30年ほど前、世界の果ての人の住んでいない所まで行って海景を撮ってみようと『海景』シリーズを始めました。

 古代人が見た風景と、今自分が現代人として見える風景に何か共通して見えるものはないかと考えた場合に、地上は人間がもう全て開発し尽くして変えてしまったが、海だけは変わっていないのではないかと考えたからです。

 ところが、江之浦から海を撮ってみようとすると、漁船やタンカーが毎日通るため撮れないのです。唯一の特異日が1月1日、ここで海景が撮れる、船も人影もタンカーも一切ない日が出現します。そうして、去年、江之浦からの海景を撮りました。

 『シロクマ』を撮ったアメリカの自然史博物館にある、人が入植する前のペンシルバニアの自然の森のジオラマを見ると、人が入る前の自然はどのような状況だったのか、アラスカ、ペンシルバニアなど4、5ヶ所のものが展示されています。我々人類がもし滅びてしまった後にはこうした自然がまた戻ってくるということを暗に示唆するような面白い風景が展開されています。

 蟻が蟻塚を作るように、人間も人間の塚を作るということが都市なのではないかと考えます。文明化によって日本は関東平野が完全に開発し尽くされていますが、日本というのは7割方が開発できないような山です。ですからこれ以上の資本主義には限界があります。

 毎年5〜10%のGDP成長がなければいけないということに対し、19世紀にカール・マルクスとエンゲルスがそのシステムは永久には続かないと提唱し計画経済の共産主義を考えましたが、これを100年間実験してソビエトは失敗し、今またロシアに戻りました。

 どちらにしても、毎年成長を続けるという文明は、ある意味ピークに達しつつあるのではないか。破綻する予感はいろいろなところに出ていると思います。

 江之浦測候所とは、古代に人間が人間になった頃の、ある意味清々しい気持ちをもう1回思い出してみようとする場所で、開発の極致になった今そこに行くと、東京から京都・大阪の間でここだけは、「江戸時代、鎌倉時代、平安時代もこんなふうに見えていたのではないか」という景色が奇跡的に残されています。

 環境問題を考える上でも、ぜひ小田原に足を運んでいただければと思います。「我々はどうなっていくのだろうか」と考えていただく施設として完成形はありませんが、生きている限りはここで作り続けていこうと思います。


    ※2024年3月6日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。