卓話


社会課題に挑戦し変化する、襷(たすき)をつなぐ

2023年10月25日(水)

旭化成(株)
相談役 浅野敏雄君


 私の推薦者の出原洋三さんから、「化学の会社の旭化成がヘーベルハウスという住宅に取り組み、また、ヘルスケアもやって成功している。こんな多様な事業を何故、どうやって経営しているのか、それを話して欲しい。」と言われました。 本日は、出原さんの宿題に関してスピーチします。

 先ず、私たちが多様な事業を展開することになった経緯を説明します。

 100年前の社会課題は富国強兵でした。国を豊かにするには食料増産が急務で、そのためには肥料が必要でした。創業者野口遵は、肥料の原料となるアンモニアの合成法を海外から技術導入し、苦労の末アンモニアを合成し、肥料である硫安を製造しました。品質も良く海外にも販路を伸ばし大きな収益を上げました。しかし、肥料の収益は低下し、次の収益源が必要となります。

 そして、自社のアンモニアを利用できるベンベルグという再生繊維に狙いを定めました。繊維が社会課題となっており、大成功しました。皆さんの背広の裏地を見て下さい。今はキュプラというブランドで愛用されています。インドのサリーにも多く採用されています。

 その後も、多様な製品を開発しました。例えば、ノーベル化学賞を受賞した吉野彰さんのリチウムイオン電池です。私は、入社時に、吉野さんの下で機能性高分子の研究をしました。このテーマは頓挫しましたが、吉野さんは別のテーマに取組み、紆余曲折を経てノーベル賞受賞者になりました。携帯やEVのない時代に、将来高性能の二次電池が必ず必要になると予見し吉野さんは行動しました。

 住宅事業にも進出しました。日本の家は木造が主で、火災、地震に弱いということが問題でした。そのため、火災、地震に強い住宅を提供することを社会課題と捉えたからです。ヘーベルハウスは、製造業として鍛えられた造ることへのこだわりがベースとなっています。

 1980年代後半には、高齢化がクローズアップされ、健康が社会課題になると考えました。そして、私自身が長年担当することになるヘルスケア事業を始めました。そのきっかけは、ベンベルグの用途開発でした。ベンベルグの中空糸膜が腎臓の透析治療に非常に良いとわかり、透析器を事業化していました。繊維から医療製品が生まれていたのです。

 このように、生き残るために、その時代の社会課題に挑戦し、化学を「ばけがく」と呼ぶように必死に変化して来た結果、多様な事業が生まれたのです。

 多様な事業を経営するには、遠心力と求心力のバランスが重要ですが、更に、経験などから来る共通の価値観が必要だと私は思っています。

 若い頃働いていた延岡は、宗兄弟で有名ですが、駅伝が職場に根付いていました。シーズンになると駅伝が行われ、私のような素人も係対抗駅伝の選手になります。駅伝で学んだことは、襷をつなぐことです。襷をつながないとそれまで走っていた選手の苦労がゼロになります。優勝ランの選手も、これまで走ってきた選手のお陰だと分かっています。

 仕事も一緒です。成功するまでの道のりが長いので、中心となって活躍してきた功労者が成功した時には定年だったという経験もあります。私たちの経営スタイルの特徴は、襷をつなぐ精神、その価値観の共有であると思います。

 最後になりますが、私は、現在がん研究会の理事長をしています。がん研究会は渋沢栄一が尽力して創立されました。がんの克服を目指して、研究や治療をリードして高い評価を得ています。創立以来、多くの企業、個人の方からのご支援を得ています。

 がん克服は、私にとっての新しい社会課題ですが、少しでも貢献したいと思っています。日本では年間約100万人ががんに罹り、30万人が亡くなります。死亡原因の一位であるとともに、がんサバイバーの方が増えています。

 この機会に皆様にお願いしたいことがあります。がん検診を受けて下さい。早期発見、早期治療が大事です。また、がんに関して、困りごとがあれば連絡して下さい。