卓話


日本の観光政策

2023年9月13日(水)

桜美林大学
教授 戸崎 肇氏


 世界の富裕層が宿泊するホテルの1泊の平均価格は700万円ですが、これに対し、日本の一流ホテルの最も値段の高い部屋は1泊200万円です。今日は、「世界一のホスピタリティ」を標榜する我が国がなぜ世界一のお金を取らないのか、あるいは求められないのか、お話しさせていただきます。

 コロナ禍で観光産業は絶滅したと言われるほど影響を受けました。
 アルヴィン・トフラーは『第3の波』で「情報化が進むと人は動かなくなる」と予言しました。コロナ禍で在宅勤務やワーケーションなど働き方改革が進み、宅配便など物流の進展が2024年問題も生んでいます。果たして人の移動は減るのでしょうか。今、航空会社などに聞いてみると、「観光は動くかもしれませんが、ビジネスは動かなくなるでしょう」と経営陣は言いますが、ちょっとこれは違うのではないかと私は思っています。

 インターネットなどで簡単なコミュニケーションはできますが、コミュニケーションで言葉にできる部分、文字にできる部分は約20%と言われ、その他のコミュニケーションは声や顔などで行われます。特に国際的なビジネスの場合には、互いの信頼関係を作る必要があるため、リモートだけでは無理でしょう。これからは人流も物流も増えていく。どう対応するかが今後の課題です。

 インバウンドが戻り、今年の訪日外国人客数は2015年の水準の約2000万人になると推測されています。コロナ前の最盛期には3188万人まで行きました。政府は2030年に約6000万人を目標としています。今、日本の人口は1億2000万人で、少々粗い想定をすると、インバウンド6000万人を達成すると一時的に人口の3分の1が外国の方となります。多文化共生社会の実現が急務です。

 一方で、アウトバウンド、出国日本人数の停滞という問題があります。特に学生が海外に行こうとしなくなりました。これには3つの要因があります。

 1つ目はお金がない。お金があったらスマホに使いたい。

 2つ目は、英語を話したくない。

 第3は、日本ほど安全な国はないため、治安の悪い所にあえて行きたくない。

 若者が海外に行かなくなり、世の中の9割の大学はそういった実態で、特に地方に行けばいくほど顕著で、それをどうするかが課題だと思っています。

 観光政策のメリットは、観光を通して互いを理解し、政治的には歴史的相克を乗り越える可能性を与え、経済的には様々な新規ビジネスの誕生を促します。社会的には文化変容をもたらす危険性と価値観の多様化をもたらす効果、つまりプラス・マイナスの両面を持ちます。

 さて、観光を進めようとするとき、いろいろな制約要件があります。羽田空港の横には横田基地があり、その区域は開放されていません。そのため特に九州方面、関西方面から羽田空港に向かうと千葉県上空まで飛んでいきます。首都圏上空を通過し着陸まで10分費やす状況になっています。空は広いように見えて実際には混雑しているため、あまり便を増やせません。

 それから、2030年にはバブルの頃に大量採用したパイロットが定年退職を迎えるため、パイロット不足が顕在化します。

 その他、インバウンドの受け入れ環境で問題になっているのは空港職員の不足です。私が今お手伝いしているのは保安検査員で、やはり不足しています。空港業務に憧れていた子供たちがいざ保安検査員の業務に就くと、周りから蔑まれ時には暴力行為などを受けるため、最もなり手がいません。国防上の問題にも関わるため、今後どうするかという議論をしています。

 それから、タクシーもバスも運転者が足りません。観光は今回のコロナ禍によって不安定な産業という位置づけがなされてしまった結果、人が集まらなくなっており、その中でのインバウンドの上昇を我々は考えなくてはいけません。

 そこでホスピタリティを見直していく必要があります。今まで我々は日本人の間だけのホスピタリティでしたので、以心伝心で伝わりました。これからは本当に相手を理解しないとうまくいきません。

 特にビザの緩和があった2012年からインバウンドが増えてきました。13年にかけて一番増えたのは、タイで70%増、マレーシアとインドネシアが30%増えました。インドネシア、マレーシアはイスラム文化のため、ハラール料理の手配やお祈りの場所の確保が深刻な問題になりました。

 私が今、関心を持っているのはオーバーツーリズムです。例えば、海外ではバルセロナのサクラダファミリアが観光客でいっぱいで入れなくなり地元の反感を買っていますし、日本でも京都や箱根、福岡は外国人でいっぱいです。

 コロナ禍直前、2019年12月に当時の菅義偉官房長官が、外国人観光客の誘致に向けて世界の一流ホテルを国内に50ヶ所設けると発表しました。

 世界の富裕層に目を向けると、トップの資産は約27兆円と日本のGDPの5%に当たります。昔、プロ野球球団の誘致合戦の中で、ある方が銀座での接待に一晩で2000万円使ったという報道がありました。一晩に2000万円使ったら、死ぬまでいくら使えるかを計算してみました。50歳だとして、日本人の平均余命の83歳まで、おおまかに30年、365日、1日2000万円使うと大体2000億円から3000億円です。27兆円という数字のイメージがつくと思います。

 世界の富裕層を見てみると、2021年時点で約1.4億円(100万ドル)以上の投資資産を保有する富裕層人口の数で、実は日本は世界2位です。このあたりをどのように取り込んでいくのかが大切になります。

 もちろん中国もあります。北京で冬のオリンピックを開催したことを契機に、中国政府は国内の冬季スポーツ人口を3億人にする計画を打ち出しました。中国は自然の雪がほとんど降らないため、人工雪で対処しています。その点、日本は雪に恵まれています。雪は北国の方から見れば厄介なものというイメージがあるかもしれませんが、実際には投資をせずに、非常に多くのことを呼んでくることが可能です。

 今、東北は面白く、安比高原や田沢湖の人気があります。ブリティッシュスクールもでき、今後もそういった学校が作られる計画があるそうです。このように周辺各国から人を誘引できる計画を積極的に取り入れていくべきと思います。

 こうした話をすると、「地方にはそんな余力がない」とお叱りを受けるのですが、今年5月の日経新聞に、福井、高松などの地方都市で億ションが売り出され、10年で6.8倍になっているという記事があります。地方創生においてはこうした層も取り入れることができるということです。

 できるだけ収益を上げて、それを観光人材の育成に投じていかなくてはなりません。残念ながら今の観光業界は薄利多売で、なかなか優秀な人材が定着しません。これをどのように変えていくのか。富裕層を取り入れて、収益性を高め、人材育成に還元し、観光インフラの再構築を図る。今まで触れてこなかったような層にどのように訴えていくのかが重要になります。

 観光は数から質への転換だと、観光庁も言っています。

 観光で成り立っているマカオは、最盛期に人口の40倍の観光客が訪れ、当時の観光の責任者は「質の高い観光者をいかに多く呼び込むかは我が国の観光政策次第である」と公言しました。これに習う必要があると思います。

 地域が持つ資源を再発見するには日本人の視点ではなく、海外からの視点でとよく言われます。我々が良いと思うものを海外に出そうとし、海外の人が選ぶものが良いということを想定できなかったためです。代表的なのが、渋谷のスクランブル交差点です。富士吉田神社に桜、五重塔、富士山が全部入る風景を見出したのもインバウンドの方々です。こうしたものは留学生を利用すれば安価にできます。このように、海外の人と共同で新たな資源を再発見していく必要があります。

 富裕層の取り込みに向けたビジネスジェット機の普及もいいと思います。これによって時間価値が高まります。情報化の時代に自由な移動手段は大事です。

 2050年、世界人口が減るなかで唯一増えるのはアフリカです。アフリカには貴重資源もあり、争奪戦です。そうしたときに定期航空路線だけでは後塵を拝することになるため、機動性も重視していかなくてはなりません。

 最後に、観光のあり方はいろいろな側面で変わってきます。重要なことは二つあります。

 一つは、日本が世界一のホスピタリティであるならば、それに対して世界一の付加価値を追求する必要があるということです。

 もう一つは、インバウンドが盛んに言われますが、若い人が海外に行かない傾向を真剣に捉えて、それをどう生かすかです。米山奨学金は非常に有効な手段ですから、そのためにも、ぜひ優秀な人材を育成していただければと思います。


     ※2023年9月13日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。