卓話


無限の可能性に挑む〜進化する和紙

2023年7月12日(水

(株)堀木エリ子 アンド アソシエイツ
代表取締役 堀木エリ子氏


 私は、「建築空間に生きる和紙造形の創造」をテーマに仕事をしています。7月7日で、和紙の制作活動を始めてから36周年となりました。

 京都を拠点としていますが、私達が主に紙漉きをしている福井県の越前和紙には1300年の歴史があります。

 和紙は日本で作る「カミ」ですが、日本人は、神様のこともカミと発音し、人の頭の上にある毛髪のこともカミと言い、昔はお殿様のことを「おカミ」、現代では妻のことも「ウチのカミさん」と発音しています。つまり、大切なもの、敬うべきものを「カミ」と発音してきたことになります。

 和紙は、塩やお酒と同じように神事や催事にも使われ、日本人の生活にはなくてはならないものでした。しかし、現代では、機械漉きの和紙や洋紙、樹脂やガラスでできた和紙風の新素材があり、一方でペーパーレスの時代となって、ますます紙の需要が少なくなってしまいました。

 数年前に、和紙はユネスコの世界文化遺産にも認定されましたが、私は登録されたことを喜んでいる場合では無いと感じました。見方を変えると、「絶滅危惧種に認定された」こととなるからです。

 日本の伝統産業を次世代へと繋ぎ、世界中に広げていくためには、和紙に新たな機能や用途を与えて時代に役立つものにしていかねばなりません。私達は、「伝統を未来へ繋ぐ」活動と、「革新的な技術を見つけて未来の伝統に育てていく」という二つの方向性で仕事をしています。

 まず、どのような和紙を作っているかを映像で紹介します。
 私達は伝統的な和紙に現代の手法を組み合わせる和紙作りの他に、「10m以上の大きさで和紙を漉き上げる技術」や、「糊や骨組を使わずに立体的に紙を漉き上げる技術」を開発し、「光環境」と捉えて空間を演出しています。

 クリスタルのラグジュアリーブランドであるバカラとのコラボレーションは、和洋の域を感じさせないシャンデリアとなりました。糊や骨組を一切使わず制作しているため、スムーズな曲面が表現でき、糊に虫が付くことや糊部分の変色がないため、長く綺麗に使っていただけます。

 和紙作品は、ほとんどが照明器具や太陽光線の光と共に表現され、最先端のLED照明の技術とともに、その可能性を広げています。

 福井県の武生にある越前和紙の工房では、職人5人と弊社スタッフ5人で制作を行います。

 私の「せーの」というかけ声で一斉に色に染めた繊維を流し込みますが、多くの場合、10人のタイミングがずれてしまいます。そのずれが、人間の力だけでは生み出せない面白い柄を浮かび上がらせることがあり、ものづくりには、自然と人間のバランスが大切だと毎回痛感しています。

 職人に新しいアイデアを伝えると、多くの場合、「できへん、できへん、そんなもん、できへん」と言われます。畳3畳分の大きな和紙を漉くことも、最初はできないといわれました。3層から7層のデザインの異なる巨大な和紙を重ね合わせて漉き上げる時に、無数の気泡が入るためです。

 でも、よく見ると、1万個入った気泡は増えてはいきません。それならば、チューブを使って口で1個を吸い上げれば9999個、2個吸い上げれば9998個になり、続ければ0になります。私達は1日中、10人がかりで腰を曲げて無数の気泡を吸い上げ、ようやく和紙作品が出来上がります。

 できないことは、その原因をすべてつぶしていくか、別の方法で行うことで、できることに変わっていきます。

 この工房に出入りを始めた当初は、職人達からは無視をされ、休む職人もいました。それでも、自分のすべきことを信じて通い続け、今のようなコラボレーションができるまでに5年程度かかりました。

 越前の工房では伝統的な手法で和紙を漉きますが、京都の自社工房では革新的な手法で和紙を漉きます。

 亀の子たわしを持って水を含ませて振ると、水滴が生の和紙に着地し、それが柄になります。1枚の和紙を漉いて、まだ和紙が乾かないうちに部分的にカバーをした上で全体に水滴を振ると、カバーをしているところは水滴の影響を受けないため、面分割ができます。紙漉きはどの工程でも水の力を借りて、デザインを創り上げていきます。

 私達は1ヶ月間、足場の上で、繊維を丁寧に並べたり紙漉きをします。1人でも足を突っ込んだり道具などを和紙の上に落としてしまうと、すべてやり直しとなるため、根気と体力、精神力を要する作業です。

 このように、スタッフとともに日々和紙を制作していますが、実は私は銀行員でした。 高校を卒業する時に、いろいろなことに興味があり大学を選択することができず、広く多くのことが学べる職種として都市銀行だと勧められ、住友銀行で4年間窓口業務をしていました。時代はバブルで、私も社会人となって遊び呆けていました。

 ある日、ディスコで知り合った年配の紳士から、「息子が京都で新しく会社を興すから、事務経理として手伝ってくれないか」とお誘いを受けました。わずか4人の社員の小さな手漉き和紙の商品開発の会社でした。デザイナー達が越前和紙を漉きにいく時に付いていきました。雪に埋もれた山間の工房で、職人は、触ると痛いような冷たい水に肘まで手をつけて、原料準備や紙漉き作業を、身体から湯気を上げて行っていました。初めて見る光景で、その作業を1300年続けてきた職人の営みを尊いと感じ、衝撃を受けました。このような伝統産業に携われることを喜びに感じて、パッションを持って事務経理の仕事をしていました。

 ところが、その会社は2年間で閉鎖に追い込まれました。
 素晴らしいものを開発すればするほど、類似品が出てきます。私達の和紙は手漉きで高価、類似品は機械漉きで安価なため、価格競争で負けたのです。

 あの尊い職人の技術や営みを途絶えさせてはいけないと、自分がなんとかすることにしました。日本の文化やアーティストを育てることに興味のある社長に支援をお願いに行き、呉服問屋の一事業部として和紙のブランドを設立して、独立採算で仕事を始めたのが25歳の時でした。

 閉鎖に追い込まれた会社と同じ事をしていては同じ結果にしかならないため、手漉きと機械漉きの価格の違いや手漉きの特徴を掘り下げて考えてみました。そこで2つの特徴を発見しました。

 1つは、手漉きの和紙は使えば使うほど質感が増すこと、もう1つは、手漉きの和紙は長く使っても強度が衰えないことです。それならば、一度使って捨ててしまうラッピングや祝儀袋ではなく、建築インテリアの業界で提案すべきだと気付きました。

 そこで、大きな和紙で、ライティングで移ろう和紙を提案することになりました。

 しかし、1年目には大きな赤字が出て、呉服問屋の社長からは「今すぐ出て行け」とお叱りを受けました。私は食い下がりましたが、100人の友人に相談して120人から、「もうやめておけ」と言われました。直接相談をしていない知り合いからも連絡がきたのです。 その理由は「堀木は大学でデザインを勉強していない、専門学校でアートを勉強していない、ビジネスも勉強していないし、職人のところで修行もしていない。だからできるわけがない」というものでした。

 私は、ものづくりとはそもそも何なのかを考えてみました。

 遠い昔に作られた埴輪や土偶は素晴らしい造形です。それを創った人が、当時、大学でデザインを学んだり、専門学校でアートを学んだわけではありません。畑を耕し、子供を育て、狩をしていた一般の人が作ったものです。

 さらに人はなぜ土偶や埴輪を作ったのか、考えてみました。亡くなった人があの世や生まれ変わった時に困らないようにと人や動物の形を作って埋葬したり、自身が病気になったら人型を作って身代わりに割って健康を祈ったりと、ものづくりは、「自然に対する畏敬の念と、命に対する祈りの気持ち」が原点だと気付きました。

 もう少し見渡すと、土器は、人形を作ってお祈りをするだけではなく、土ひねりに機能や用途を与えて、お米を入れたり、水を溜めたり、人の役に立つものになっています。 それを私がつくる大きな和紙に置き換えてみると、美しい和紙を作って次世代へ、世界へ繋ぎたいと作品作りをするだけでは単なるお祈りで、人の役に立っていません。

 子供がいるから破られる、ペットがいるから汚される、消防法があってビルの中に燃える物は入れられないとなると、美しい和紙を作っても人の役には立ちません。燃えない、汚れない、破れない、変色しない、精度を上げるという難点を克服しなければ時代の役には立たず、時代の役に立たないものは滅びていくと気付きました。

 そこから本来の仕事が始まったのです。私は、単に作家として作品を創るのではなく、和紙の技術開発、二次加工の方法、現場での施工方法などすべてに取り組むことにしました。

 施工例は、「東京ミッドタウン日比谷」オフィスフロアのエレベーター光壁、「宗家 源吉兆庵 銀座本店」の光壁などでご覧いただけます。

 最後に、一般的な和紙に話を戻します。職人は、「白い紙は神に通じる」という精神性を持っています。祝儀袋という白い和紙の封筒でお札を包むこと、お中元に熨斗紙という白い和紙を掛けることも、品物を浄化してから人に差し上げるという人が人を思う気持ちを表した日本人の美学です。

 私が作る和紙は色や柄を入れていますが、3層から7層に積層して漉く和紙の表面と裏面には必ず白い和紙を漉き合わせ、色や柄を挟み込みます。浄化作用があるとされる和紙の空間づくりで更なる挑戦を今後も続け、モノの背景にある日本人の美学やものづくりの精神性を伝えていきたいと思っています。


   ※2023年7月12日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。