卓話


食料安全保障について

2023年6月14日(水)

農林水産省
農林水産事務次官 横山 紳氏


 昨年来のウクライナ問題を契機に、食料安全保障の問題が注目されるようになりました。ウクライナは穀物の大生産国で、世界の小麦の輸出の約1割、トウモロコシは10数%のシェアを持っていたため、一部の輸入国では深刻な問題が発生しています。

 日本は、小麦はアメリカとカナダと豪州から、トウモロコシはアメリカ、ブラジルなどから輸入しているため、直ちに供給に支障をきたす事態にはなっていませんが、原材料価格の高騰のため、多くの食料品が値上げせざるをえなくなり、またトウモロコシを飼料にしている畜産農家の皆様は大変苦労されています。

 食料安全保障の基礎となる一つの指標が食料自給率ですが、日本の食料自給率は2021年度で38%です。留意点が二つあります。まず、この数値はカロリーベースだということです。例えば、野菜の国産率は約8割と高いのですが、カロリーが低いため、自給率には反映しにくくなっています。

 もう一点は、畜産物の自給率です。牛肉の自給率は約4割、鶏肉は7割弱、卵は97%です。しかし、餌になるトウモロコシがほぼ100%輸入であるため、カロリーベースの自給率は16%と低くなっています。

 日本の食料自給率は、長期的には低下傾向が続いてきました。その原因は米の消費の減少です。米は唯一自給できる穀物で、昭和30年代には1人当たり120垓瓩食べていたのが、今は50数圓犯省以下の水準にまで減少しています。

 小麦の自給率は2割以下で、大豆などから作られる油はわずか3%です。輸入しているトウモロコシ、小麦、大豆などを全て国内で作るとすれば、現在の農地の3倍の面積が必要になります。国土面積の約7割は森林のため、残り3割全部を使っても、日本人の胃袋を満たすことはできません。食料の輸入は必要不可欠です。したがって、国内生産、輸入、その間を繋ぐ備蓄の3本柱で食料安全保障を考える必要があります。

 今後の食料安全保障を考えるとき、一番大事なのは人口の動きです。我が国の人口は確実に減っていきます。2022年の出生数は77万人と、ベビーブームの約4割で、東京都と神奈川県の人口の合計に相当する約2500万人が今後30年間に減ると考えられています。国内のマーケットは確実に小さくなります。

 他方、海外の人口は増加することから、輸出の市場が広がるというプラスの面もありますが、食料安全保障の観点からは、これからも安定的な輸入が続けられるのかが問題になってきます。

 我が国の農政の基本となる法律は、1999年に制定された食料・農業・農村基本法です。制定後20年以上経過する中で社会情勢や今後の見通し等が大きく変化しています。 大きく3つの変化があります。まず、第一に、食料安全保障を取り巻く環境の変化です。世界的な人口増加に加え、気候変動の影響で、オーストラリアでは毎年のように干ばつが起き、アメリカのカリフォルニアは米の一大生産地域ですが水不足などの問題が起きています。

 輸入という面では、1998年には日本は世界最大の食料純輸入国でアメリカをはじめとする輸出国にとって一番のお客さんでしたが、今はその座を中国に奪われています。こうした状況下で、これからも確実に食料を輸入することができるのかが大きな課題です。

 また、日本全体として十分な食料が供給されたとしても、それが末端まで届くのかという問題もあります。人が少ない不採算地域からの流通業の撤退や、経済的弱者といわれる人たちが増える中で食品アクセス問題が顕在化しています。

 それから、昨年来の飼料や肥料などの生産資材高を背景とした価格転嫁の問題です。農産物の価格は需給で決まるため、いろいろなコストが上昇しても価格転嫁ができません。需給で決まった価格では生産に見合わず、持続可能な食料システムにならないことが懸念されています。

 第二は、環境等の持続可能性の問題です。農業は自然循環機能を利用した産業であり、環境にもよいという印象があるかと思います。しかしながら、肥料による水質汚染や農薬による生物多様性への影響、さらには牛のゲップや水田からのメタンガス発生など、環境へ負荷を与えている面もあり、これをいかに抑え込んでいくかという課題があります。

 第三には、人口減少の問題です。農村地域は高齢化が進み、農業従事者の平均年齢は68歳です。現在、農業者数は約120万人ですが、今後20年で4分の1、約30万人に減ると見ています。

 農村の人口が減ると、農村の集落機能が失われます。農地はもとより農業用水など農業インフラの保全や管理も困難になる懸念があります。これらにどう対応していくのか、大変難しい問題です。

 こうした変化を背景に6月2日に決定した「食料・農業・農村政策の新たな展開方向」においては、
 (浸からの国民一人一人の食料安全保障の確立、
 環境等に配慮した持続可能な農業・食品産業への転換、
 人口減少下でも、持続可能で強固な食料供給基盤の確立
 という新たな3つの柱で、政策を展開していくこととしています。

 第一の「平時からの国民一人一人の食料安全保障の確立」については、まず、食料安全保障の定義を、「いつでも容易に食料を入手可能にすること」に見直します。

 また、輸入リスク軽減のためには、自給率の低い小麦、大豆、あるいは加工用野菜などを国内で生産していくとともに、飼料・肥料等の生産資材を確保していくことが必要となります。飼料だけではなく、肥料も輸入に依存している現状にあります。例えば、リンは、中国からの輸入に依存していたのですが、一昨年から価格が急騰しました。今後は、堆肥、下水汚泥から肥料を作るなど、循環型の国内生産に変換していく必要があります。

 3番目は、海外市場も視野に入れた産業への転換です。政府としては、去年の農林水産物の輸出実績1兆4000億円程度から、2025年に2兆円、2030年に5兆円という目標を掲げて促進しています。マーケットが広がり、新たな資金、若い人が入ってくる好循環を期待しています。

 4番目は、適正な価格形成です。生産資材などの価格が転嫁されなければ農業は儲からなくなってしまいます。典型的なのが今の酪農です。乳牛からは毎日搾乳されますので、需要が見合わないからといって生産を減らすわけにはいきません。他方、飼料価格が上昇すると、価格を上げる必要も出てきます。飼料や肥料などの価格の上昇分を生産物の価格に反映させるということについて、国民の皆さんの理解を得ることが大きな課題だろうと考えています。

 5番目に食品アクセスの問題です。買い物難民は地方だけではなく、都内でも発生していますし、食料を無料で配るフードバンクや子供食堂などの利用者が増加しているとの報道も目にします。政府としては食料をすべての人に確実に届ける責務があると考えています。

 第二の「環境等に配慮した持続可能な農業・食品産業への転換」については、農業等で用いる農薬や肥料、エネルギーについて、環境への負荷を極力低減することです。

 例えば、肥料はピンポイントで必要な所だけに、農薬も虫、病気が発生している所だけに散布することで使用量を減らすことができます。さらに、世界で拡大するオーガニック市場も念頭に、輸出と絡めて有機農業を広げていくことも必要です。2050年に日本の農地面積の4分の1を有機農業にするという目標を掲げて取り組んでいるところです。

 最後に、「人口減少下でも持続可能で強固な食料供給基盤の確立」です。

 まず、離農する経営体の農地の受け皿となる経営体等の育成・確保、農業法人等の経営基盤の強化、多様な農業人材も参加して地域の農地を保全・管理し、少人数でもしっかり農業を営むことのできる基盤を作ることです。

 そして、ドローンの活用など新しい技術をフル活用するスマート農業です。省力化、品質向上にも繋がります。その際には、個々の農家が機械を持つのはコストアップになるため、シェアリングや専門的にサービスを行う事業体の育成も必要です。

 一番悩ましいのは、農村人口減少の中での農村集落機能の維持です。コロナ禍でテレワークが普及し、居住地に関わらず仕事をすることも可能になってきています。情報基盤の整備によって、2つの地域に居住して、農業にも携わりながら、別の仕事をオンラインでやってもらう、地方の自然を享受しながら生計を立てていくようなライフスタイルはできないか。あるいはその手前で、農業・農村に関心を持つ関係人口の増加はできないか。そうした様々な取り組みが農村インフラの維持にもつながっていくのではないかと考えています。

 今後の農業・農村の未来は、突き詰めれば、農業が本当に儲かる産業になるのかということ次第です。食料安全保障が大事である、そのためには、やはり国内生産をしっかりやっていくべきとするならば、コストがかかるということを理解してもらう必要があります。有り体に言えば、多少高くても国産品を選んでもらうことを通じて農業自体が持続可能なものになり、ひいては若い人たちも入ってきて、農村地域も元気になる。そうした姿が実現できるのではないかと考えています。

 食料・農業・農村基本法の見直しについては、来年の通常国会への提出に向けて、さらに意見交換を積み重ねて参ります。今後とも、いろいろな形でインプットをいただけると幸いです。


    ※2023年6月14日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。