卓話


問われる経営者の覚悟−米中対立、人口減、原材料高騰そして賃上げ−

2023年6月21日(水)

財界研究所
社長兼主幹 村田博文氏


 『財界』誌は1953年、日本がサンフランシスコ講話条約で自主権を回復した翌年に創刊し、70周年を迎えました。「経営は人なり」と人を中心に取材をし、我々なりの見方を提示しています。

 戦後78年経ち、国、企業、個人、生き方、制度改革、全てが見直しの時期に入っています。逆境の一番が人口減です。政権の課題は賃上げになっていますが、賃上げだけでは経営は続かず、生産性を上げることが必要になってきます。その中でどう生きるか。日本の潜在力をいかに引き出すか。

 「失われた30年」をどのように見ればいいか、先週号ではロッテの玉塚元一社長を取り上げました。彼は、ユニクロ、ローソンの社長を経て、ロッテの振興に励んでいます。彼が面白い問題を提起してきました。ロッテは3年前に亡くなった韓国出身の重光武雄さんが戦後、日本で創業しました。1990年代初め、韓国ロッテと日本ロッテは売上高が同じ3000億円でした。30年後の今、韓国ロッテは売上高8兆円、韓国5大財閥の一つになりました。日本ロッテは3000億円とずっと横ばいです。日本のGDPは世界3位ですが、1人当たりでは30位でまもなく韓国に抜かれると思います。これをどう考えるか、です。

 日本全体が成長力を失う中で、企業、人がどのように生きるかがテーマです。30年前から伸びているところがあるとすれば、それを参考にする必要があります。 例として、ユニクロ、ニトリ、アイリスオーヤマのオーナー経営者を挙げます。3人とも1940年代生まれで、70代になった今も世の中を引っ張っていますが、3人とも根底には危機感があります。

 ユニクロの柳井正さんは、35歳で山口県宇部市からスタートしました。宇部は石炭の町ですが戦後、大半が厳しい環境に置かれ、そこから彼は日本、世界全体を目指しました。約40年でカジュアルファッション世界3位になり、「トップのスペインのZARAを抜く」と言っています。物を仕入れて右から左に流す中抜き産業は廃れると考え、自らものを作る製造小売業(SPA)を実践しました。

 ニトリホールディングスは家具で成長しています。似鳥昭雄さんは愉快な方です。終戦1年前に生まれ、母親に抱かれて樺太から北海道に引揚げてきました。ホームセンターのほか、提携やM&Aで事業領域を広げています。彼もSPAの仕組みを作り、円高に強くなりました。ところが、円安です。1円円安になると同社は20億円の損失が出てくることになり、厳しい経営環境を迎えていますが、本人は意気盛んです。「アメリカもインフレ抑制のために利上げを抑える。日本の金利との差が縮まり来年は120円には落ち着くだろう。その間に稼ぐ」と言っています。

 アイリスオーヤマの大山健太郎さんは父親をがんで亡くし、19歳で大学進学を諦めて後を継いで長年、大阪でプラスチック成形加工をやっていたのを農業用プラスチックに切り替え、仙台に拠点を置きました。園芸用品、日用品などの事業も展開し、海外含めて33工場を作りました。円高の中で安く仕入れる仕組みでしたがこれも反転し、中国で作って安く仕入れる仕組みも妙味がなくなりました。

 今、取り上げているのが米と水です。パックご飯が1つ100円で、飛ぶように売れています。米という伝統的な商品を手がけながらも、消費者が受けいれる形に仕上げる。そうやって、やり抜く姿勢です。

 水は東日本大震災時に必要性を感じ、今、富士山麓で汲み上げ、年間2億パックから7億パックに売上げを増やすと言っています。どこにでもある商材に付加価値をつけ増収増益にしています。非上場の理由は「私の取り柄は切り替えの早さ。変化対応の経営ができるからだ」と。このように力強い経営者が多数います。

 一方で、日本の課題があります。円安のほか、建設、医療、介護などの人手不足です。そうした中で、伸びている経営者を取材すると、人生観、基本軸が実にしっかりしているという感じを受けます。

 ユニクロの柳井さんも時々、弊誌で発信してくれます。彼は、最初は広島で失敗し、大阪にも出ますが苦労します。東京に出てきたのが1998年、日本経済がデフレに入った年で、「いいものを安く」で当たりました。そして、進めて行ったのが素材開発です。フリースを開発し、原宿に出てきて、人気を呼びます。その後ヒートテックを東レと一緒に開発します。東レの研究開発陣があまりにも度重なる注文に音をあげ、「ユニクロの提携はもうやめましょう」というときに、研究者出身で前向きな前田勝之助社長が「いや、やるんだ」と研究陣をいさめて、交渉も30数回繰り返し、結果、ヒートテックが生まれました。

 その柳井さんが70代になり、生き方を考え抜き、最近、「諸行無常」と言います。「人間は必ず死ぬ。死ぬ前に何かやりたい。人材を育てたい。それに向かって自分は努力する」と言っています。

 ニトリ、アイリスも、共通項は消費者を惹きつける商品を開発し、生産性を上げていることです。オーナー経営者は30年、40年という長期視点を持ち、しかも瞬時に変化対応ができるというのが強みです。

 弊誌では、地方都市にも立派な経営者がおられるとして、今、鈴与を取り上げています。静岡清水港で、享和元年に創業し222年続いている会社です。昔は米を江戸に運ぶ廻船問屋でしたが、その後エネルギーに行きます。戦前は石炭、戦後は石油、ガス、再生可能エネルギーと変わっていますが、長く続いた秘訣は「家を守るというよりは、新しい事業を開拓してきた。変化対応してきたから、会社が続いている」ということで、「変化対応してこそ」というタイトルで連載しています。

 中央でも同じです。丸の内に本社のある信越化学は、1926年に長野県の水力発電による合金の精錬からスタートしましたが、その事業を今はやっていません。今、利益を上げているのは塩化ビニール(塩ビ)と半導体材料のシリコンウェハーです。塩ビは、かつて化学会社は皆手がけていたのですが、大半は撤退し、同社だけが汎用品でも成長できることを見せています。業界トップの三菱ケミカルの売上高の半分強しかありませんが、純利益で6〜7倍の差を付けています。この差は、信越化学がオイルショックの時にアメリカのテキサスに工場進出したことです。下を掘れば沢山出てくる塩水を原料に塩ビを作り、売上高2兆数千億円で営業利益は、ほぼ1兆円もあげています。この差は経営者の決断です。

 最新号では、エーザイの内藤晴夫社長を取り上げました。認知症の新薬を開発し、7月にアメリカで、9月に日本で承認される予定です。20年前にもアリセプトという部分的に効く薬を出しましたが、今回は本格的だと株価が上がっています。この20年に投じた研究開発費が3200億円で、売上高7000億円の会社の決断で、製薬業はしんどいなと思います。その中で研究陣を叱咤激励するために彼は、empathy(共感)という言葉を使っています。まず社員、それから研究開発者、パートナーとのempathyです。シンパシーとは意味が異なり、相手の立場を思いやる言葉で、「共感経営ができて、今回の新薬ができました」と。彼は3代目で、覚悟の経営をしている感じがします。

 さて、日本再生にどう繋げていくか。2013年から2020年までのアベノミクスは、それまでの民主党政権時は1ドル70円台の円高で、法人税や電気料金の高さなどで六重苦と言われたものを変え、気分を明るくしたのは事実ですが、民間経済の成長は宿題として残っています。

 この間の潜在成長率は0.5%、GDPの実質成長率は1%台で、その前の10年と同じで、失われた30年が続いています。賃上げ問題にしても大企業はほぼ得られましたが、中小企業については難しい状況です。全企業370万社のうち、99%の中小企業の生産性をどう上げていくか。原材料コストの価格転嫁はBtoBではできますが、BtoCは難しい。

 マクロ的に見て、日本の企業の再編はある程度必要と思います。中小企業にいかに生きてもらうか。これには決断が要ります。

 先日、東京工業大学と東京医科歯科大の統合という教育界で初めてのことが起きました。

 益一哉学長は神戸高専から東京工大に編入し、東北大の助教授を経て、東京工大に帰って学長を務めている方です。合併の理由は、「日本の産業界が『失われた30年』に陥ったのなら、その産業界に人材を送っている大学にも責任があるし、その責任を痛感している。もう1回、世界に通用する大学、海外から留学に押し寄せる大学を作りたい。医学と工学に共通項もあるはずだと東京医科歯科大学の田中学長と意見が一致した」と。

 人口は2070年には8000万人台になり、もっと移民が入る時代になります。その活用と同時にグローバル展開が必要でしょう。

 こちらの会員である茂木友三郎さんのキッコーマンも、50年前にアメリカ・ウィスコンシン州に出て、日本の醤油を世界の醤油に切り替えました。これが今生きていて、売上高の7割、利益の8割は海外です。そこへ持っていく努力を茂木さんはされました。日本に拠点を置きながら、世界を眺める人たちがやはり活躍されています。

 エーザイは、日本に本社を置き2万人の従業員の7割が外国人です。内藤社長に日本の良さを訊くと、調和がとれている社会、共生だといいます。これはグローバルの仕組みの参考になります。

 今、米中対立、経済安全保障が言われますが、日中、米中も経済人が繋いでいく。今般、米中は国務大臣と外務大臣の交渉がありましたが、イーロン・マスクのテスラは販売車数100万台中50万台を中国で売っています。このように経済人の役割は重く、自由主義、民主主義を守っていく価値があります。

 1978年に小平が改革開放路線を敷いて45年が経ちました。14億の民がいる中国は日本にとっても最大の貿易相手国で、共生の道をどう探っていくか。経済で繋ぐことが経営者の使命であり、経済リーダーもそれを促す意味で責任が大きいと思います。

 共生、三方よし、For the publicといった公の思想はもともと日本の根本にあり、わたしたちもそうした経済人と共に前に進んでいきたいと思います。


     ※2023年6月21日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。