能力開発と興味開発の両論で未来の人材を育む
2024年9月11日(水)
(株)探求学舎
代表取締役 宝槻泰伸氏
探求学舎は、子供たちに将来好きなことやこれからやってみたいことを見つけることができるように、興味の種を蒔いていく興味開発型の学習体験を届ける民間企業です。勉強のやり方や問題の解き方を教えるような、いわゆる学習塾ではありません。
例えば、「君が織田信長だったら、どうやって今川義元の首を取るだろうか」とジオラマでその陣形を考えてもらったり、かるたを使って漢字の成り立ちを学んだり、様々な実験をしてみる、こうした風景が私達の教室の日常です。
生命が40数億年の歴史をかけてどうやって進化の物語を実現したのか、あるいは分子生物学、DNAの仕組みなどを小学校1年生、2年生にも学んでもらえるよう工夫をしています。経済については、経済の動きや起業家、投資家というのはどのような夢や難しさのある仕事なのか、歴史では例えば日本の明治維新の志士たちの志などを伝えています。
子供たちが将来に学ぶであろう学問に興味の橋を懸けることを目標に、カリキュラムやサービスを組み立ててきて12年目になります。
従来、こうした学びの原体験のようなものは、成績アップや受験の合格に結びつかないように見えるため、民間ビジネスとしては成立しないと言われましたが、創業してみると都内の30代、40代の親御さんを中心に支持をいただき、日本の教育市場のトレンドにも少しずつ変化がきていることを実感しています。
背景となる子育て世代の考えを紹介します。
「子供の将来にどんなことを期待しますか」。私は全国数万人のお父さんとお母さんにこの質問を10年間、ぶつけてきました。
いろいろな答えが返ってきますが、保護者の願いは大きく2つ、「社会の中で自立してほしい」「好きなことを見つけてほしい」に集約されます。
一つ目の願いは、大昔から続く親の普遍的な願いだと思います。例えば江戸時代、農民の親であれば我が子が農民として立派に畑を継いでいくことを、武士の親であれば武士としてちゃんと自立してほしいと願ったでしょう。10万年前のホモサピエンスの親もやがて我が子は立派な狩人になり自立することを考えたでしょう。今生きている社会の中で精神的、経済的に自立し、立派に大人になってほしいというのは、人間であれば普遍的に願うと思います。
二つ目の願いは極めて現代的です。もし、江戸時代に農民の親が子供に将来何になりたいか尋ねた時に子供が「俺は大名になってお城に住む」などと言ったら、親は「馬鹿言うんじゃない。おまえは農民としての宿命を受け継ぐのだ」と諭したと思います。
明治時代に職業選択や宗教の自由が謳われるようになりましたが、統計を見ると子供は親の職業を継ぐことがほとんどで、昭和になって初めて「自分で企業を選択して就職する」人の割合が過半数を超えました。
現代になるにしたがい、自分で人生を選択し、将来設計が可能になりました。ただ、私は40代ですが、自分や友人の親が「好きなことを見つけなさい」と子育てしていたかというとちょっと違います。ドロップアウトしないように、安定した人生を遂げるようにと導かれた経験がほとんどでした。
しかし、現代の親御さんは、大企業への就職や大学に行くことが幸せになることとイコールではないと痛感し、「主体的、自主的に人生を選択することを応援したい」という願いが広がっています。
お子さんやお孫さんに対するこうした願いを本当に叶えるためにどのような準備やサポートをしてあげればいいのか。
一つ目の願いを叶えるためには、能力が必要です。読み書きそろばんという能力のみならず、例えばコミュニケーションやITといった高度な能力を身に付けて高度な職業に就いていくことは、資本主義が高度化する中で必要なことだと多くの人たちが理解しています。
一方で、二つ目の願いのためには具体的で中長期的な準備があったほうがいいと、私は「興味開発」というコンセプトを考えました。
昆虫、古代生物、宇宙、乗り物、ロボットやプログラミング、古典や歴史に興味を持つ子、お金持ちになる方法を探るためYouTubeを見ている子、日本の未来を切り開きたいと政治に興味を持つ子まで、私たちが働きかける前に、子供たちは自然といろいろなものに興味を持ちます。この力を大きく育てることが課題になってきます。
私は、いわゆる理科と社会に注目しようと考えました。自然や人間の営み、将来、子供たちが職業を選ぶ場合も単独の技能で職業に結びつくことよりも、自然や人間社会に興味がある、そういった気持ちのほうが仕事とも結びつきやすいと考えます。
ただ、従来の学校教育や塾の理科や社会の学びは知識の詰め込みで、あまりわくわくしません。驚きと感動を持ってわくわくするような学びの原体験があれば、興味開発に繋がっていくのではないかと着想したことが私の10年前の出発点です。今まで数千人の子供たちに出会って、少しずつその成果が形になってきました。
とてもユニークな兄弟がいます。1人は科学者、1人は医者を目指している、今は中学生、高校生の兄弟で、彼らが小学校2年生、3年生の時に出会いました。いろいろなことを学ぶ中で彼らが一番心を惹かれたのはビスマスという綺麗な宝石のような結晶物でした。
彼らはビスマスの結晶を取り出す実験を自宅で行うようになります。ビスマスの指輪を作りインターネットで販売したり、複雑な元素記号なども自主的に調べてまとめたりし、やがて周期表に心が奪われていきます。毎週、両親に山や海に連れて行ってもらい石を拾い集め、4年かけて自分たちなりのリアル周期表である鉱物標本を完成させました。とても喜んでいた笑顔が今でも印象的です。
子供たちは、心に火がつけば自分で学びを組み立てていく。誰かに指導されなくてもやっていける力があることを再確認させられました。
こうした子供たちの学びの原体験を「興味開発」というコンセプトに乗せて、日本中の子供たち、家庭環境や経済的に恵まれない子供たちにもこうした体験を届けることが私の大きな目標になっています。
改めて、「能力開発」と「興味開発」についてまとめます。
「社会の中で自立する」という将来の願いを叶えるために、子供たちには豊かな能力開発の機会を蒔いてあげよう。「好きなことを見つける」という現代的な願いに対して興味開発という新しいやり方をいわば発明し組み合わせられたら素敵じゃないかというのが私のビジョンです。
これまで子供たちは能力開発が必要であると思っても勉強が嫌いでした。一方で、興味開発は今、小学校、中学校の公教育で「探求学習」という言葉で表現されています。
これからは興味開発というコンセプトの下、公教育でいう探求学習を少しずつ広げていけたらいいと思います。ただ、能力開発となる勉強と、興味開発である探求のどちらが重要か、どちらをやらせればいいのだろうと迷われる保護者も少なくありません。
私はやはり両方が大切だと考えています。農業で例えれば、どんな種であってもそこですくすくと伸びていくような豊かな土壌、それは能力開発によって開拓されていくものです。
一方で、できることはたくさんあるし能力も高いものの、やりたいことがわからない、夢中になるテーマがわからないといった子供や若者も多い現状です。だからこそ、種を蒔いてあげる。これを私は「興味のタネ」と呼び、勉強を土台に探求という学び方を組み合わせることによって、主体的・自主的に成長する子供たちや若者たちを日本中に育てていくのが私の願いです。
勉強や能力開発に関しては、日本は国際的に高いレベルの評価をもらっていますし、教育市場も能力開発においてはたくさんの企業がひしめいています。私の役割は勉強を土台に種を蒔く探求というポジションで、まだまだ小さなニッチな市場ですが、これを少しずつ広げることに貢献できればと思っています。
最後に、私自身がこうした取り組みを行う中で指針としている標語を紹介します。イギリスの教育学者ウィリアム・アーサー・ウォードと、アメリカの生物学者レイチェル・カーソンの言葉です。
100年前の教育学者はこのような言葉を残しています。
――凡庸な教師はただ喋る。マシな教師は説明する。優れた教師は自らやってみせる。では最高の教師は何をするのか。それは、心に火をつけるのだ。――
これは私が高校生の時に出会った言葉です。
そして、生物学者は子供向け書籍の中でこんな一言を書き残しています。
――事実を鵜呑みにさせるより、子供が知りたがる道を切り開く心に火をつける。そして、知りたがる道を切り開く。――
これは大人が働く企業の世界にも通ずる、偉人たちからの投げかけかもしれません。私は子供の教育を中心にしてきましたが、最近は大人たち、企業の中の技術者の技や経営者の経験やロジックについて若い社員が知りたがる道を切り開けないかと、社内教育制度のデザインにもチャレンジし始めました。
子供たちだけでなく大人たちも含め、心に火がついた人たちの挑戦で日本が溢れていきますように。
※2024年9月11日(水)の卓話をクラブ会報委員が纏めたものです。